日本語と英語のバイリンガルについて、私は日ごろから帰国子女のバイリンガルは可哀相な存在だと思っている。そして、彼らが日本語や英語を教えることは(不可能ではないが)不向きだとも思っている。また人と違ったことを言ってしまった。なぜなら、彼らが本当に日本語と英語が半分づつ中途半端にできていないとすれば、まったくどちらの言葉も教えることができない。もし、どちらの言葉も100%完全にできたとしたら、いよいよどちらの言葉も教えることは難しくなってくる。その理由は言葉の特性や言い回しなどが自然に身についてしまっているので、どこがツボなのか判別ができないからだ、、、、といってもピンと来ないかもしれないので、日本人の日本語を例にとれば、太鼓もち、金魚の糞、うまく丸め込まれてしまった、、、などはわかるわからないのレベルではないくこれらの言葉は必須で、なくてはならないし、このような言葉の中で生活している。英語で生きている向こうの人間もまったく同じで彼ら独自の言い方で何の違和感もなく生きている。つまり、どこがポイント、ツボになるのかは誰かにいわれるまでわからない、これはネイティブの特権。わたしはバイリンガルが活躍できる場は通訳だとおもっている。教育の場ではない。確か日本人に英語を正しく教えることができるのはネイティブではなく、ツボを心得ている日本人という宣伝文句を見たことがある。その通りだとおもう。完全なバイリンガルが言葉を教えれるようになるためには特別な訓練が必要だとおもう。
ネイティブや完璧なバイリンガルは英語の幼児教育には活かせるが、以前述べたように言葉とは OS オペレーションシステムのことで、人間の思考方法を決定してしまう。したがって、幼少の頃から英語教育をしてしまうのは本末転倒であり、長い目で見れば国家転覆の種をまくような行為だろう。3:08 両方とも中途半端なんだよね。
Living in Tokyo...Being half black in Japan. 黒人ハーフちゃん (Japanese)